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おちむしゃにっき

落武者日記

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,460 字 · 23 页

青空文庫

「そこまで心を決められては、いかな責め道具も歯がたつまい。……誰ぞ、その繩を解いてやれ」

みんな怪訝そうに眼をあげた。

「繩を解いて逃がしてやれと申すのじゃ」

そう云って、家康は床几から立ち、

「祐八郎とやら」

と振返って、

「治部どのに会ったらそう申しつたえてくれ、おひとがらには惜しい家来を持たれる、羨ましいことじゃと」

そして幕のかなたへ去って行った。

陣所から曳き出され、木戸の外へと解き放された祐八郎が、石山のほうへ歩きだしたとき、……うしろから名を呼んで追って来る者があった。

「大畑さま、お待ちあそばして」

振返ると、意外にも、あの農家の娘まつであった。

「まつどの、どうしてここへ」

「大畑さま!」

娘は側へ走せ寄ると、泣き腫らした眼をいっぱいにみひらいて、祐八郎の眼を見上げながらすがりつくように云った。

「わたくしも曳かれてまいりました」

「あなたも、……ではやはり拙者の言訳は通らなかったのか」

「でもいま許されましたの、あなたさまがお調べをお受けあそばすようすも、幕を隔てて伺っておりました、……おめでとう存じます」

「重ね重ね迷惑をかけて、詫びの申しようがありません、どうか許してください」