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あし

葦

山本 周五郎

「週刊朝日」朝日新聞社、 1947(昭和22)年6月22日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,406 字 · 25 页

青空文庫

「おまえが正しかった」又五郎は呻くようにこう答えた。

「おれは騙されていたんだ、女は逃げてしまった」

市蔵は眉をしかめた。それから身を跼め、しばらく友の横顔を見ていた。又五郎は面を掩ったまま、忿っているというよりは虚脱したような調子で続けた。

「あいつはおれの誇りを食い名を食った、おれを世間から剥ぎ、友達から掠った、おれにはもう一滴の血も残ってはいない、骨だけだ、それで、あいつは逃げた」

「たしかなのか、逃げたということは」

「証拠がある、しかし、云えない」

市蔵は考えるふうだった。しかしすぐに手を伸ばして友の肩を押えた。

「帰って寝るがいい、菅野、あとでゆくよ」

「…………」

「云っておくが絶望するな、そこもとは見た、味わった、経験したんだ、もし立ち直ることができれば、この価値は小さくない、騙すより騙されるほうがましだ、ことにさむらいとしてはだ、……これで済めば安いぞ、菅野、あとで会おう」

千神市蔵は去っていった。樹立までゆかないうちに、霧が彼の姿を押包んだ。……又五郎は同じ姿勢でながいこと坐っていた。

日が高くなってから、組町という処にある小さな住居へ、又五郎は帰って来た。