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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

十年ほど前に御霊の文楽座を覗いた時には何の興味も湧かなかった要は、ただその折にひどく退屈した記憶ばかりが残っていたので、今日は始めから期待するところもなく義理で見物に来たのであるのに、知らず識らず舞台の世界へ惹き込まれて行く自分を見ることは意外であった。十年のあいだにやっぱり歳を取ったんだなと、思わずにはいられなかった。この調子だと京都の老人の茶人ぶりも馬鹿には出来ない。更に十年も立つうちには自分もそっくりこの老人の歩んだ道を辿るようになるのではないか。そしてお久のような妾を置いて、腰に金唐革の煙草入れを提げ、蒔絵の弁当箱を持って芝居見物に来るようなふうに、………いや事に依ると十年を待たないかも知れない。自分は若い時分から老成ぶる癖があったから、人一倍早く年を取る傾向があるのだ。―――要は下膨れの頬を見せているお久の横鬢と、舞台の小春とを等分に眺めた。いつもは眠いような、ものうげな顔の持ち主であるお久の何処やらに小春と共通なもののあるのが感ぜられた。同時に彼の胸の中に矛盾した二つの情緒がせめいだ、―――老境に入ることは必ずしも悲しくはない、老境には老境でおのずからなる楽しみがある、と云う気持と、そんなことを考えるのが既に老境に入ろうとする兆だ、夫婦別れをしようと云うのは、自分も美佐子ももう一度自由に復って