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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
「高夏さんと附き合っているうちは来てくれるなって云われそうね」
「だがほんとうに惚れ合った仲なら、大蒜の匂いぐらい何でもない筈だがな。それでなけりゃあうそですよ」
「御馳走様。何を奢って下さるの?」
「そう先廻りをされちゃあ困る。ま、トーストでも上って下さい」
「だけど、この匂いが好きになった方があって?」
「ありましたとも。―――芳子なんぞはそうでしたよ」
「へーえ、じゃあ臭いんで逃げられたって云うのはうそ?」
「そりゃあ斯波君の出鱈目だ。今でも大蒜の匂いを嗅ぐと、僕のことを想い出すって云うそうですよ」
「あなたは想い出さない?」
「出さなくもないが、ありゃあ遊ぶには面白いけれど女房にする女じゃない」
「娼婦型?」
「うん」
「じゃあ、あたしとおんなじね」
「あなたのは腹からの娼婦じゃあない。娼婦と見えるのは上ッ面で、しんは良妻賢母だそうだ」
「そうかしらん?」
空っ惚けているのかどうか、たべる方に余念もないと云う様子で、即席のサンドウィッチを拵えるのにかまけている彼女は、縦に二つに切ってある酢漬の胡瓜を細かに刻んでは、それと膓詰とをパンの間へ挾みながら器用な手つきで口の中へ運んだ。