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あざみ
薊
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1959(昭和34)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,800 字 · 32 页
本陣の鍋屋三右衛門が定宿で、銕太郎も少年時代から宿の者たちを知っていたが、泊って三日めの夜、藩主から慰労の酒肴が出、目見以上の者が集まって酒宴をするうちに、岡野弥三郎と口論したあげく、おうたという、宿の娘の世話になった。
口論のもとはゆきをのことであった。岡野は初めから銕太郎に諄くからみ、前に坐ったまま動かずに酒をしいた。彼はほどよく受流していたつもりであるが、側用人という気ぼねの折れる勤めと、旅の疲れが重なっていたからであろう、知らぬまに量をすごして、したたかに酔った。そのとき岡野が妻のことを話しかけ、へんに皮肉な調子で、自分がいい側女を捜そうかと云った。
「側女を捜す」と彼は岡野を見た、「それはどういうことだ」
「跡取りですよ」と岡野は云った、「花としてはすばらしくとも、実の生らない花がありますからね」
銕太郎は顔をそむけた。
「加川夫人には昔から薊の花という仇名があったそうです」と岡野は続けた、「これも妹や妹の友達の話なんですがね、夫人は乙女のころから薊の花がお好きで、着物や帯などにも染めさせていた、それがまたよく似あうし、夫人御自身の印象が、じつに薊の花そっくりだというのです」