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とらがり

虎狩

中島 敦

「光と風と夢」1942(昭和17)年7月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,260 字 · 48 页

青空文庫

あれだけ親しく付合っていながら、ついぞ私は彼のお母さんを見たことがなかった。兎に角、彼は日本語が非常に巧みだった。それに、よく小説などを読んでいたので、植民地あたりの日本の少年達が聞いたこともないような江戸前の言葉さえ知っていた位だ。で、一見して彼を半島人と見破ることは誰にも出来なかった。趙と私とは小学校の五年の時から友達だった。その五年の二学期に私が内地から龍山の小学校へ転校して行ったのだ。父親の仕事の都合か何かで幼い時に度々学校をかわったことのある人は覚えているだろう。ちがった学校へはいった初めの中ほど厭なものはない。ちがった習慣、ちがった規則、ちがった発音、ちがった読本の読み方。それに理由もなく新来者を苛めようとする意地の悪い沢山の眼。全く何一つするにも笑われはしまいかと、おどおどするような萎縮した気持に追い立てられてしまう。龍山の小学校へ転校してから二三日経ったある日、その日も読方の時間に、「児島高徳」のところで、桜の木に書きつけた詩の文句を私が読み始めると、皆がどっと笑い出してしまった。赧くなりながら一生懸命に読み直せば読み直すほど、みんなは笑いくずれる。