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きょこうのはる

虚構の春

太宰 治

「文学界」1936(昭和11)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页

青空文庫

――それじゃあ、あなたと呼べば死のうよと答える、そんなところだ。極端にわかりが早くなってしまっている。君たちだけじゃないようだぜ。

――そうらしいのです。私の解放運動など、先覚者として一身の名誉のためのものと言って言えないこともなく、そのほうで、どんどん出世しているうちは、面白く、張り合いもございましたが、スパイ説など出て来たんでは、遠からず失脚ですし、とにかく、いやでした。

――女は、その後、どうなったね?

――女は、その帝国ホテルのあくる日に死にました。

――あ、そうか。

――そうなんです。鎌倉の海に薬品を呑んで飛びこみました。言い忘れましたが、この女は、なかなかの知識人で、似顔絵がたいへん巧かった。心が高潔だったので、実物よりも何層倍となく美しい顔を画き、しかもその画には秋風のような断腸のわびしさがにじみ出て居りました。画はたいへん実物の特徴をとらえていて、しかもノオブルなのです。どうも、ことしの正月あたりから、こう、泣癖がついてしまって、困って居ります。先日も、佐渡情話とか言う浪花節のキネマを見て、どうしてもがまんができず、とうとう大声をはなって泣きだして、そのあくる朝、厠で、そのキネマの新聞広告を見ていたら、また嗚咽が出て来て、家人に怪しまれ、はては大笑いになって、もはや二度と、キネマへ連れ