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たこのごときもの

蛸の如きもの

豊島 与志雄

「改造」1950(昭和25)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页

青空文庫

和服の襟をきりっと合せ、首を真直に、すらりとした立ち姿、自然に差し延ばした手の曲線、サロンの女主人公とも言える恰好である。

「三上さん、また酔いましたね。もうお銚子もからになったから、これでお帰りになったがよろしいわ。」

きれいな音声だ。

「僕は悲しいんです。帰ります、帰ります。」

驚くほどの従順さで、彼はよろよろと出て行く。その後ろ姿を、遼子は微笑で見送る。

恥かしくないのか、彼女の微笑に対して。いや、恥かしいよりも、やはり、悲しいのだ。誰も彼も悲しいのだ。ビルの影から、唇の赤い洋装の背の低い女がつと出て来て、自分を影の中に置き、相手に燈火を受けさせる位置で、囁きかけ、ねえ、と顔色をうかがい、あそんで、と視線を胸から腰へすべらし、ゆかない、で足先まで見て取り、ズボンの膝がすり切れ靴が泥まみれになっておれば、ぷいと横を向いてしまう、その女の、商売柄の眼の鋭さも、また、男のみすぼらしい服装も、恥かしいより寧ろ悲しくはないか。

なにが悲しいものかと、抵抗出来る人は幸だ。

――われは沖繩の紺碧の海を思う。

あの海になら、死体が浮んでも恐らく美しかろう。東京の掘割のは醜悪だ。