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たこのごときもの

蛸の如きもの

豊島 与志雄

「改造」1950(昭和25)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页

青空文庫

いつぞや、しかも白昼、橋のあたりを、胸と脚をあらわにした女体が、潮の加減でふわりふわり流れていた。通行人がいつしか群集とたまって、それを眺めた。誰も一言も発せず、ただ眺めてるだけだ。さほど人通りの多い橋でもないので、何かの奇抜な広告のマネキンではなく、まさしく死体だ。どろどろに濁ってるそんなところに、どうして浮いているのか、死体に聞いたって分りようはない。

そのことがあってから、俺はその附近を通るのを、なるべく避けるようにしている。

然し、都心地の掘割はたいてい続いていて、同じ濁った水が交流しているし、どこへ行くにも掘割を越さねばならない。水は人の心を和らげ慰めるが、夜分だけでなく、昼間もそうであるように、これらの掘割を清らかにしたいものだ。沖繩の海、沖繩の海の水。

河岸ぷちに屈みこんで、街の灯のちらちら映ってる掘割の水面を眺めていると、またしても蛸の幻想が浮んでくる。泥ぐさい生ぐさい臭いのせいであろうか。石垣の下の干潟に、なにか黒いものが動めいてるようだ。水の中に、なにかが動めいて泡を立ててるようだ。そいつが、すーっと立ち上って、大入道の頭を持ちあげてきたら、どうする。