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たこのごときもの

蛸の如きもの

豊島 与志雄

「改造」1950(昭和25)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页

青空文庫

なにしろ、薄暗い河岸ぷちのことだ。

虚勢を張って、蛸を釣ってるんだ、と答えたが、小僧は笑いもしない。

「こんなとこ、蛸なんかいるものか。鯉ならいるよ。おじさん、鯉を釣ってるのかい。」

これは気に入った。立ち上り、うまいことを言うほうびだと、百円札を一枚差出すと、小僧は俺の顔をじろじろ眺め、紙幣を引ったくり、ありがとう、声といっしょに消えてしまった。

これも、幻影であろうか。無償の行為だ。胸がすーっとした。毒気がぬけたのだ。

河岸ぷちを離れ、何処に行くという当はないが、も少し歩くことだ。

騒音の暴力はもうなく、ネオンの光りだけが明るい。そこを突っ切ろうとすると、高木老人にぱったり出逢った。

「やあ、これはこれは、珍らしいところで……。」

なにが珍らしいものか。珍らしいのは先様のことだ。更に珍らしいことには、高木老人は酔っていて上機嫌である。

「わたしは、今日はとても嬉しい。も少し飲みましょう。どこか、君の知ってるうちに連れて行きなさい。」

既にだいぶはいってるらしい。

「いや、わたしはダンスはやらない。キャバレーも好まない。どこかこう、静かなところがよろしい。