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たこのごときもの
蛸の如きもの
豊島 与志雄
「改造」1950(昭和25)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 页
抵抗出来ないじゃないか。
後ろのビルの上階にも、一つの大入道がいることを、俺は故あって知っている。空襲中、捨値に売り出された家具類を買いあさり、田舎に運び蔵して、大金を儲けた。戦後、ヤミ物資の取り引きをして、また大金を儲けた。近頃、社会状態が落ち着くと、もう何事にも手を出さず、あの上階の事務所のソファーにふんぞり返って、ただ天下の形勢を観望している。情婦はいつもただ一人、だが時々取り変え、事務所にも美人の女秘書を置いて、コーヒーをわかせ、ウイスキーを注がせている。そいつがまったく、頭の禿げた蛸入道だ。
――大いなる蛸の如きもの、陸上にも水中にもあり。
蛸の魔除けには、煙草に限る。キャバレー・ルビーで貰った一本の葉巻を、チョッキのポケットから取り出して、ライターで火をつけようとするが、なかなかつかない。
「おじさん、なにしてるのよ。」
見返ると、これは侏儒だ。青いジャケツに黒いズボン、足には何をはいてることやら、柳の幹影から足音もなく出て来て、近々とそばに寄り立つ。俺のライターの光で、無害なものと見極めたのだろう。こいつも、蛸入道を怖がってるに違いない。