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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

書かなきゃ、この車ごと、崖の上から飛び下りるぞ。生命が惜しくないか。僕はもう気が変になりそうなんだ。ああア、わわア」

これが店員先生に頗る利いた。

「うわッ、気が変になったらあかへんが。書くがな書くがな。書きます書きます、字でも絵でも何でも書きます。ええもしどてらの先生、気をしっかり持っとくれやすや。気が変になったらあきまへんでえ」

帆村は向うを向いて苦笑いをした。

「君の名は何という」

「丸徳商店の長吉だす」

「では長どん。いいかネ、こう書いてくれたまえ。――蠅男ラシキ人物ガ三五六六五号ノ自動車デ宝塚ヨリ有馬方面へ逃ゲル。警察手配タノム、午後二時探偵帆村」

「なんや、ハエオトコて、どう書くんや」

「ハエは夏になると出る蚊や蠅の蠅だ。オトコは男女の男だ。片仮名で書いた方が書きやすい」

「うへーッ、蠅男! するとこれはあの新聞に出ている殺人魔の蠅男のことだすか」

「そうだ。その蠅男らしいのが、向うに行く自動車のなかに乗っているんだ」

「うへッ。そんなら今あんたと私とで、蠅男を追いかけよるのだすか。うわーッ、えらいこっちゃ。蠅男に殺されてしまうがな。字やかて書けまへん。