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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

大川司法主任も怪訝な面持で、帆村の後姿を無言のまま見送っていた。

秘密を知る麗人

その夜、道頓堀をブラついていた人があったら、その人は必ず、今どき珍らしい背広姿の酔漢を見かけたろう。

その酔漢は、まるで弁慶蟹のように真赤な顔をし、帽子もネクタイもどこかへ飛んでしまって、袖のほころびた上衣を、何の意味でか裏返しに着て、しきりと疳高い東京弁で訳もわからないことを呶鳴りちらしていた筈である。

もしも糸子が、その酔漢の面をひと目見たら、彼女はあまりの情なさに泣きだしてしまうかも知れない処だった。それは外ならぬ帆村荘六その人であったから。

なぜ帆村は、こうも性質ががらりと違ってしまったんであろうか。昨日の聖人は今日の痴漢であった。

村松検事を救う手がないので自暴になったのか。蠅男を捕える見込みがつかないで、悲観してしまったのか。それとも糸子に云い寄って無下に斥けられたそのせいであろうか。

道頓堀に真黒な臍ができた。その臍は、すこしずつジリジリと右へ動き、左へ動きしている。それは場所ちがいの酔漢帆村荘六をもの珍らしそうに取巻く道ブラ・マンの群衆だった。

帆村はポケットから、ウイスキーの壜を出して、茶色の液体をなおもガブガブとラッパ呑みをし、うまそうに舌なめずりをするのだった。