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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

糸子は何か苛々している様子だった。

宝塚ホテルが出た。

お松がそれを知らせると、糸子はとびつくようにして、電話口にすがりついた。

「宝塚ホテル? そう、こっちは玉屋糸子だすがなア。帆村荘六はんに大至急接いどくなはれ」

「ええ、帆村はんだっか。いまちょっとお出かけだんね。十二時までには帰ると、いうてだしたが……」

と、帳場からの返事だった。

「まあ、仕様がない人やなア。どこへ行ったんでっしゃろ」

「さあ、何とも分りまへんなア」

糸子は落胆の色をあらわして溜息をついた。

「なんぞ御用でしたら、お伝えしときまひょうか」

と帳場が尋ねると、糸子は急に元気づき、

「そんなら一つ頼みまっさ。今夜のうちに、こっちへ来てくれるんやったら、例の疑問の人物について、私だけが知っとることを話したげます。明日から先やったら、他へ知らせますから、後から恨まんように――と、そういうておくれやす」

そこで話を終り、糸子は電話を切った。

お松は傍で聞いていて、可笑しそうに笑った。

「なんや思うたら、もう帆村はんと休戦条約だっか。ほほほほ」

しかし糸子は、思い切ったことを、帆村に申し入れたものだ。