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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

時の塩田検事正の名が登場したのも、それから幾日と経たないのちのことだった。塩田検事正は、予(ドクトルのこと)の願いを入れて死刑囚を一旦処刑後引渡すから後はそのまま死なすなり生かすなり思うようにしろと云ってくれたこと、但しこれが他に知れると由々敷き大事であるから絶対秘密を守るようにという条件を持ち出されたことが認められてあった。

それから一週間ほどして、日記帳のページは何のためか十日間ほど空白のまま残されていたが、その後の日附のところには、突然糊本千四郎の名が現われ、しかも毎日附け落ちもなくその消息がつけてある。この様子から見ると既に糊本はドクトル邸に同居しているらしかった。

二十八歳の死刑囚糊本のことについては、ずっと後に数頁を費して詳しく説明がしてあった。それによると、死刑囚糊本は南洋で案内人を業としているうち、日本から出稼ぎできていた西山某なる商人の所持金を奪うため、海岸の人気のないところで棍棒をふるって無慚にも撲殺し、所持金を奪って逃走した。誰知らぬと思いの外、それを同じくこの地に出稼ぎ中の同郷の人、玉屋総一郎に見られてしまい、後に裁判所に於て玉屋の証言が取上げられ、糊本は遂に死刑を宣告されたとある。