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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

帆村は笑いもしない。

「貴女、池谷さんに来いと呼ばれたんですか」

「はあ、午前中に来いいうて、電話が懸ってきましてん。そしてナ、誰にもうちへ来る云わんと来い、そやないと後で取返しのつかんことが出来ても知らへんと……」

「うむうむうむ」

帆村は何を思ったものか、無闇に呻り声をあげると、糸子の袖を引張って道の脇の林の中に連れこんだ。

怪しき眼

麗人糸子は、わるびれた様子もなく、「池谷控家」と門標のうってある文化住宅のなかへズンズンと入っていった。しかし僅かここ数日のうちに、痛々しいほど窶れの見える糸子だった。

糸子の父は、蠅男から送られた脅迫状のとおりに正確に殺害された。それはあまりにも酷い惨劇であった。お祭りさわぎのように多数の警官隊にとりまかれながら、奇怪にも邸内の密室のなかに非業の最期をとげた糸子の父、玉屋総一郎。彼女にはもう父もなく、母とはずっと昔に死に別れ、今は全く天涯の孤児とはなってしまった。麗人の後姿に見える深窶れに、だれか涙を催さない者があろうか。

それにしても、憎んでも飽き足りないのは彼の蠅男! 蠅男こそ稀代の殺人魔である。

しかし正体の知れない蠅男であった。