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こわく
蠱惑
豊島 与志雄
「新思潮」1914(大正3)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,765 字 · 28 页
私の前に彼奴が立ち塞っている。私の魂が息をつけないで悶えている。唯この力でぐっと彼奴にぶつかってやるばかりなんだ。
――私は金曜を待った。唯じっと待っていた。
その頃昼間、私の生命は益々稀薄になってしまった。夢の中から無理に引きちぎって来られたようなぽかんとした空虚と気味の悪い悪寒とが私のうちに満ちていた。そして私はただ炬燵の中に身体を横えて居た。私の生命は凡て夜の方へ流れ込んでしまったのだ。
夜私は強く両手を握りしめていた。そしてじっと眼を一つ所に据えた。然し私は何にも見も聞きもしないんだ。弦のようにはり切った私の心がそうすることを強ゆるんだ。時々何処かの筋肉がびくびくと引きつる。
私は唯そうして居なければいけないんだ。それで母が来ても女中が来ても、私はすぐに追いやって自分一人室の中に居た。
凡てが必然なんだ。何にも考えることなんかないんだ。唯必然にそうしなければいけないという事実ばかりなんだ。私はその事実をじっと見つめているんだ。
――金曜の晩私は深い水底に居るような心地をして家を出た。懐剣を緊と内懐にしまった。家を出てふと振り返ると、閉めた筈の格子が二三寸許りあいていた。