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ちまんだらしちょうぶし

血曼陀羅紙帳武士

国枝 史郎

「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页

青空文庫

人間の思考の中に、盲点というものがある。その盲点の圏内にはいった記憶は、奇蹟的事件にぶつからない限り、思い出されないということである。何故薪左衛門が、来栖勘兵衛と、この道了塚で決闘したか、その理由の解らないのも、その盲点に引っかかっているからであるらしい。

そうして、さっき聞こえて来た、塚の下からの悲しい叫び声、

「秘密は剖かない、裏切りはしない、助けてくれーッ」

という声の主の何者であるか? 何んでそう叫ぶのか? それらのことの解らないのも、盲点の圏内に、その記憶が引っかかっているかららしい。

ところで……広々と展開けている耕地を海とし、立ち連なっている林を陸とすれば、道了塚は、陸に近い、小島と云ってよく、その小島にあって、陸の林の一方を眺めたなら、林の縁を、人家の方へ一散に走って行く、二人の人影を見たであろう。戸板を舁き捨て、素早く逃げ出した五郎蔵の二人の乾児であった。二人の走って行く様は、檻から解放された獣かのように軽快であった。

と、その二人の走って行く方角の、十数町の彼方から、此方を目差し、二十人ほどの一団が、林へ駆け込んだり、耕地へ出たりして、走って来るのが見えた。