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うらぎり

裏切り

坂口 安吾

「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页

青空文庫

成金気分の結果として小夜子サンは職業上の習性に反逆しツバメをつれて旅にでてみたいような誘惑にかられたのかも知れません。トオサンに向って銀座へ映画を見に行きましょうと誘ったのは、銀座の一語によってトオサンの調理場装束を脱がせる策略にほかならなかったのです。

結局二人は銀座ではなく、大きな山脈をつきぬけて、日本海の海岸へでてしまいました。そこは直江津という海岸でした。晴れていれば佐渡も見えるはずでしたが、暗い雲が海をもせまくとじこめて浜にも海にもミゾレが降っていたのです。

「私の祖先の土地なのよ。オジイサンの代までこの海岸に住んでいたのよ」

と小夜子サンは説明してきかせましたが、トオサンは吹きつける波のシブキとミゾレの寒さ痛さと闘うのに必死で、感傷以下に衰弱しきっていたのです。気マグレな茶のみ友達と歩くのも容易なことではありません。

「この海なら、とびこむとたんに死んじゃうわ」

と小夜子サンが突然すごいことを云いました。風に顔をそむけてその言葉だけ聞いたトオサンは、ウムその気か、もう仕方がない、よし死のうと悲痛にもはやまって心を決したほどでしたが、実は小夜子サンがトオサンの勇気をひきたてるための冗談だったのです。