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はだかぎ
裸木
豊島 与志雄
「新潮」1926(大正15)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,049 字 · 33 页
「ははは、忘れちゃった。」
笑いにごまかしたが、まだ何か心の底に残っていた。
武田は無神経なほど落付払っていた。或は何にも感じなかったのであろう。敏子と、母乳がどうだとか牛乳がどうだとか、そんなことを話し初めた。
佐野は口を噤んでそこに寝そべった。天井を仰ぎながらやたらに煙草を吹かした。
やがて武田が帰って行くと、佐野は急にまた腹が立ってきた。そして不思議にも、それが我ながら腑に落ちなかった。顔を渋めて家の中を歩き廻った。
「どうなすったの……何を怒っていらっしゃるの。」
「何にも怒ってなんかいないよ。」
「だって……。」
「自分にも分らないから、怒ってない……ということにはならないかな。」
独語のように吐きすてて、なお室の中を歩き廻った。
武田は屡々やって来た。昼間佐野の不在な時が多かった。そして、敏子を相手に別段話をするでもなく、子供の母衣蚊帳の近くに寝そべって、子供の方を覗いたり、ぼんやりしたりして、それから突然思い出したように帰っていった。
子供が眼を覚して、蚊帳から出されて、両親の膝の上で飛びはねる時なんか、武田は首をひねって眺めながら、しきりに一人で感心していた。