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しけんかん
試験管
寺田 寅彦
「改造」1933(昭和8)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,595 字 · 20 页
銀座の楽器店の軒ばにつるした拡声器が「島の娘」のメロディーを放散していると、いつのまにか十人十五人の集団がその下に円陣を作るのも、あながち心理的ばかりではなくて、なにかわれわれのまだ知らない生理的な因子がはたらいているのかもしれない。
朝九時ごろ出入りのさかな屋が裏木戸をあけて黙ってはいって来て、盤台を地面におろす、そのコトリという音が聞こえると、今まで中庭のベンチの上で死んだように長くなって寝そべっていた猫が、反射的に飛び起きて、まっしぐらに台所へ突進する。それももちろん結局は生理的であるとも言われようが、しかし、あらゆるいろいろの類似の「コトリ」という騒音の中で、特別な一つの種類であるところのさかな屋の盤台の音を瞬時に識別する能力はやはり驚くべきものである。
近代の物質的科学は人間の感官を追放することを第一義と心得て進行して来た。それはそれで結構である。しかしあらゆる現代科学の極致を尽くした器械でも、人間はおろか動物や昆虫の感官に備えられた機構に比べては、まるで話にもならない粗末千万なものであるからおかしいのである。これほど精巧な生来持ち合わせの感官を捨ててしまうのは、惜しいような気がする。