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にんしきろんとしてのぶんげいがく

認識論としての文芸学

戸坂 潤

「唯物論研究 五十一号」1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,350 字 · 19 页

青空文庫

――熊沢復六訳――を見よ)。文芸は世界の・時代の・自然の・社会の反映だ。文学は鏡である(レーニン「ロシア革命の鏡としてのレフ・トルストイ」を見よ)。だからして唯物論によって初めて、科学の認識論が文芸の「認識論」にまで拡大延長され得る条件が発生したのである。文学なる概念もこの認識論に於て初めて、科学的カテゴリーとなることが出来る。

而も一旦この条件が発生した以上、もはや吾々は認識論を科学だけに就いてのものとして限定しておくことを許されないだろう。認識論は文芸に就いても延長展開されなければならぬ。そうしなければ文芸が認識である所以も、文芸の認識が本来の意味でのリアリズムである所以も、そうした文学の根本的な規定を、理解する緒口は、全くなかった筈だからである。――でもし仮に、例えばリアリズムという問題が、今後の文芸学の何より重大な根本問題であるとしたなら(私は夫を疑わないのだが)、文芸学はまず第一に、みずからが認識論である点を、実質的に明らかにせざるを得ないだろう。そしてその時、問題はおのずから、文芸と科学との認識上の連関へと運ばれて行くに相違ないのだ。