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にんしきろんとしてのぶんげいがく
認識論としての文芸学
戸坂 潤
「唯物論研究 五十一号」1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,350 字 · 19 页
従来のブルジョア認識論は単なる判断論理学の延長か、そうでなければ専ら自然科学の認識論か、さもなくば精々自然科学と社会(文化・精神・)科学とを二元論的にしか処理出来ない認識論であった。――処で今度は、この認識論が、唯物論的な文芸学の成長と一緒に、文芸に関する処にまで拡張されねばならぬ点へ来ている、と私は考える。
マルクス主義的認識論と雖も、今日まで、ブルジョア認識論と同じく、殆んど凡て科学乃至理論に就いての認識論に限定されていた。之はブルジョア認識論にとっては当然なことだったのである。なぜならブルジョア認識論は科学に関しても実践的な模写説は取らず、又ブルジョア文芸理論は模写説としてのリアリズムを取るための必然的な論拠を有っていなかった。従って文芸理論と所謂認識論との間にはブルジョア的理論にして見れば、何等、思いつき以外の共通の地盤は見当らなかったわけだ。処がこの点、現代唯物論は全く条件を異にしている。現代唯物論による認識論は、首尾一貫して模写反映の理論に立脚する。処が現代唯物論による文芸理論も亦同じく首尾一貫して模写反映の理論だ。それが文芸学の哲学的カテゴリーとしての(前にも云ったようにスタイルとしてではない)リアリズムというものだ(ミールスキー『リアリズム』