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どくしょへんれき

読書遍歴

三木 清

「文芸」1941(昭和16)年6月~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,120 字 · 72 页

青空文庫

独学でどうにか本だけは読めるようになったが、日常の会話にはさっぱり自信がなかったのである。

私はマールブルクからパリへ行くことに決めた。そのとき私の手もとにはアンドレ・ジードの小説が数冊あった。これはその年の春ウィーンに旅行したとき、偶然に買ってきたものである。その頃ウィーンには上野伊三郎がいて、しばらく滞在している間に、私はいつものように本屋を歩き廻ったが、先ず目にとまったのは、フランスの本を置いている店があるということであった。これはドイツでは見なかったことである。ウィーンはフランス文化の影響を多く受けていた。久しぶりでフランス書を見るのが懐しくて店へ入ってゆくと、ジードのものがたくさん置いてあるのが目についた。ドイツ書ではドストイェフスキーの独訳本の多いことが注意をひいた。考えてみると、その時分のオーストリアにおいてもまたいわゆる不安の文学が流行していたのである。私はその頃、恥しい話だが、アンドレ・ジードの何者であるかを知らなかった。ともかく彼の本がたくさん並べてあるところをみると、重要な流行作家に違いなかろうと考えて、その幾冊かを求めて鞄の中に入れた。