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ひょう

豹

山本 周五郎

「アサヒグラフ」1933(昭和8)年9月20日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,656 字 · 14 页

青空文庫

「奥さん御安心なさい、わたしが付いていますから」

和田は窓の外から、猟銃を見せながら気安そうに声をかけた。純子はにこりともせずに新刊書の頁を繰つつ、

「べつに心配もしておりませんのよ」

とにべもなく答えた。その瞬間正三はぐんと自分の感情が嫂のほうへ惹つけられるのを感じた。和田は相手の不愛相などは気にもとめず、窓から覗きこむようにして、舌長に豹の逃げた顛末を話しだした。

その豹は正三も見たことがある。遊園地の檻の中に、不敵な眼をして動き廻っているかっこうが、動物園の獣らしくない野性のままの凄さをもっていた、説明標では、その豹がサイパンで捕獲されてから半年に満たぬもので、捕獲するときには土人が三名も噛まれたというようなことが記されてあったと思う。和田の話によると、昼の食事(午前十時ころやる)のとき、食肉を持って檻の中へ入って行くと、どうした間違いか境の扉が開いていて、豹はいきなり番人に跳びかかった。はっと思ったまま身が竦んで動けなくなった番人は、左肩を噛砕かれそこへ倒れて、気を失った。

檻をでた豹は、離宮道のほうへ来て、そこでもう一人、通行中の女中を噛んだのちどこかへ姿を隠してしまったのである。