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へんさいじょき

貢太郎見聞録

田中 貢太郎

田中貢太郎『貢太郎見聞録』。同一底本的分册已合并为一书。收入:変災序記、死体の匂い、日本天変地異記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,162 字 · 59 页

青空文庫

そのうちで大和の地震はかなり大きかったと見えて、「書紀」にも「七年夏四月乙未朔、辛酉、地動き、舎屋悉く破る、即ち四方に令し、地震の神を祭らしむ」と言ってある。

日本の地震は允恭天皇の五年から今日に至るまで約千五百年間の歴史を有し、回数約千四百回をかぞえることができる。そのうちで上代の地震は、後鳥羽天皇の元暦文治のころにかけて三百七八十回の地震の記録があるが、その十分の九は山城地方、わけて京都がそれを占有している。それは文化の中心地として記録の筆が備わっていたためであろう。

その京都の地震で天長四年七月に起った地震は、余震が翌年まで続いた。斉衡三年三月八日の大和地方もひどかったと見えて、「方丈記」にも「むかし斉衡の比かとよ、大地震ふりて、東大寺の仏のみぐし落ちなどして、いみじきことども侍りけれ」と奈良の大仏の頭の落ちたことを記載してある。貞観十年七月の地震は、京都というよりは山城一円と播磨とに跨っていた。元慶四年十月の地震は、京都と出雲が震い、同年十二月には、京都付近が震うた。仁和三年七月の地震は山城、摂津をはじめ五畿七道にわたった大地震で、海に近い所は海嘯の難を被ったが、そのうちでも摂津の被害は最も甚だしかった。