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あし

足

豊島 与志雄

「新小説」1925(大正14)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,967 字 · 8 页

青空文庫

」

「下関まで行きます。」

それには何とも返辞をしないで、だいぶ暫くたってから、ふいに云い出した。

「昨晩は、どうも……とんだ失礼をしました。」

「え?」

「少し飲んでいたものですから、よう寝込んでしまって、度々どうも……。」

「じゃあ……あの……。」

「え、足を……どうも……。」

「ああそうですか。私こそ失礼しました。」

「いや、どうも……その……習慣になってるものですから。」

繰返される「どうも……」という言葉の響きに、私は彼の人の善さを感じながら、初めてその様子を見調べてみた。髪の毛の薄い、痩せ細った、病身らしい男で、長い首に喉仏が高く出ていた。浅黒い顔の色艶は、呼吸器か消化器かが悪い者のようで、眼の光が疲れて、黝ずんでいた。

彼は私の顔を時々偸み見ながら、ゆっくりした調子で云っていた。

「どういうものか、横になると膝から下がだるくて、かないません。それで、いつも膝の下に物をあてて寝る癖がついて、どうもそうしないと、よく寝つけないです。で、昨晩も、この鞄を膝の下にあてて寝ましたところが、どうも……。」

隣席との境の床に、大きなトランクがあって、その上に、小さな赤革のスーツケースがのっていた。