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じてん

辞典

戸坂 潤

「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页

青空文庫

と呼ばれている。

問題はこの三者の同一ということの意味である。之を本当に絶対的な同一と見るならば、議論はそこで打ち切りになる。そして単に、改めて、認識論や弁証法や論理学が夫々何であるかという、旧に帰った原始的な疑問の出るのが落ちだろう。思うにこの三者は本質に於て同一なのだ。従ってその言葉の上での区別は何でもいい。併しそれにも拘らず、弁証法的論理(即ち弁証法)に、認識論としての契機と論理学の契機とを認めるならば、一切の論理学的問題は極めて系統的に理解出来ることになるだろう。

もう一つの問題は、弁証法的論理学と形式論理学との関係である。もし前者が正当ならば後者は成り立たない筈である。全くその通りで、弁証法的論理学という立場は、形式論理学という立場を許すことは出来ない。だがそうだからと云って、同一律や矛盾律が誤謬だということにはならぬ。之は弁証法的論理――矛盾の論理――の一断面、一契機を云い表わす限り、真理なのである。ただこの形式主義的論理法則が、一つの形式主義という立場の支柱に数えられる時、その法則の運用が誤謬となるのである。

最後に問題になるのは、哲学と論理学との関係である。