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じてん

辞典

戸坂 潤

「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页

青空文庫

かくてフィヒテ自身の信ずる所によれば、カント哲学はカント自身の実践理性の優位という精神に従って一元的に叙述され組織立てられた。この叙述乃至組織の仕方(哲学)がフィヒテの弁証法なのである。処がフィヒテにとってはこの哲学自身が恰も事行自身の展開に外ならない。であるから彼の弁証法は単に哲学的方法であるに止らず又同時に事行というものそのものの根本特色となる。併しそれにも拘らずこの弁証法は依然として結局主観的であることを免れない。何となれば、フィヒテの事行である自我は、如何に個人的な夫ではなくて超個人的な純粋自我又は絶対自我であるとしても、抑も自我という言葉自身が示しているように、優れて特に主観を意味する概念であることには変りがなく、又この自我の性格たる実践もまだ決して感性的な真の実践ではなく、意欲、当為、努力等の内容として倫理的に意味づけられた限りの解釈された実践にすぎないからである。フィヒテの実践が結局考えられた実践でしかないことは注意されるべきである。それに、晩年のフィヒテが純粋自我を絶対者として前弁証法的なものと看做し、弁証法を単に之の哲学体系に於ける叙述にすぎぬと考えたのを見れば、彼の弁証法は存在(フィヒテは初めこの概念を避けるために事行という言葉を造ったのであるが)の側にではなくて単に哲学的方法の側に