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じてん

辞典

戸坂 潤

「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页

青空文庫

そうすれば少くとも私がある(sum)ことだけは確実でなければならない、そういう結論に到着する。今や意識は単なる意識ではない。それは意識する自我の有つ限りの意識でなければならない。観念の概念は自我の概念に集注する。

しかしデカルトの「我考う」に於ては、自我は単に表象しているに過ぎない、それはまだ判断する自我にはなっていない。観念は意識であり自我が有つ意識であるが、その意識がまだ判断意識にまで行かずに単に表象意識に止まっている。自我はまだ真理の定立という大切な任務を与えられていない。カントはそこで、この意識を意識一般にまで改造する。蓋し意識一般とは、客観的な真理を(夫は併しカントにとっては、唯一な自然界と等値物である)、成立たせる資格を有った意識である。意識はもはや単なる表象ではなくて表象の多様を統一する統覚であり、それが客観の規準として機能する点で、先験的統覚となる。このように先験的意識の論理的機能に専ら任じるものはカントの諸範疇なのである。之は客観にぞくするのではなくて、正に主観にぞくするものであるが(観念性)、併しそうかと云って、主観の任意に委ねられるのではなくて、主観自身が自ら則るべき規則を意味するから却って客観性を有つ。