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ついおく
追憶
宮本 百合子
「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,363 字 · 35 页
繰返し云ったと云う事も聞いて居る。
叔父が入院して居る間中動けない時には毎日毎日欠かさず一度ずつは学校から帰ると先ぐお見舞に行くのが常であった。
どんな病室であったかまるで覚えては居ないが、何でも入口から室までの廊下が大変長く静かで、両側の白壁に気味悪く反響する足音におびやかされて、中頃まで来ると、馳け出さずには居られない気持になったのを思い出す事が出来た。
うっすり思い浮ぶ彼の室は非常に狭い廊下の突きあたりから二番目の灰色の扉の付いた部屋であった様だ。若し間違えては否ないと云うので、戸の傍に掛って居る札の自分に読める名字を確かめてから看護婦のする様にコツコツと拳で叩いてから大人になった様な心持で入って行った。
その部屋へ行く途中の手術室の前を通るときに、チラチラ見える人影や何かに好奇心を動かされて、のぞきたいと思いながらこわくて止めた事は幾度だか分らない。
今でも好きな病院特有の薬臭さが其の頃から気持よくて、出入口に一歩足を入れるともう軽い興奮を覚える様であった。
殊に彼の明るい天井の手術室の辺に漂うて居た消毒薬の香いは、今でも此の鼻の先に嗅げる程はっきりした印象となって残って居るのである。