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かとにん

過渡人

豊島 与志雄

「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页

青空文庫

もう水を通ったらしい紡績の蚊絣を着て、頭髪を長く伸している。丁嚀に剃られた頬の辺りには窶れた影が見えていた。

「先達ては家の方へ来てくれたのに留守で失敬したね。……お母さんの病気はどんな工合だい。たしか腎臓炎だったね。」

「はい。」と云って笹尾は初めて顔を上げた。その充血した凹んだ眼に矢島さんは喫驚した。

「どうも経過が良好でないという医者の話でありました。」

「それはいけない。一体腎臓の病は手当が大変だそうじゃないか。」

「はい、それに食物が一番大切なそうでありますから全く困りきって居ります。何分収入が丸っきりありませんものですから薬代にさえ事欠くような仕末で、到底またお願いにも上れない身ですが、どんな役目もいといませんから使って下さることが出来ましたらと存じまして、また今日伺いましたような次第で……。」

「君はそれでどんな仕事も厭わないと云うんだね。」

「はい、ただ食ってゆけるだけの収入がありますれば充分です。今の処母の薬代どころではありません。如何に悲惨な生活を致して居りますか、到底御想像にも及ばないようなことをやって居りますので。」そして笹尾はこれまで仕事を探しに奔走した種々のことを話した。