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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页
」と秀男は云った。
矢島さんはそれに返事をしなかった。矢島さんはもっと近い自分のまわりに何か不調和なものを感じていた。そして彼は秀男が居ないと淋しいと思った。
「笹尾さんが参りましたよ。」
斯う或る日常子が云った時、矢島さんは秀男の顔をちらと見た。
「秀男が逢って話をしていました。……母親が亡くなったそうです。そして笹尾さんは東京へ行くんですって……。」
矢島さんは黙って常子からその話をきいた。老母は急に尿毒症を起して心臓痲痺で死んだこと、後の始末の困難だったこと、笹尾は一人で家財を売り払って遠い親戚を頼りに東京へ稼ぎに出かけること、……
「うむ。」こう云って矢島さんは髭を撚った。そして彼は話を外らして他のことを云った。
然しその晩二人になった時矢島さんは秀男に尋ねた。
「お前が笹尾に逢ったのか。」
「ええ初めはお母さんと二人で。然し後で私達は二人きりで種々な話をしました。」
「笹尾はどんな風をしていた?」
「比較的うち明けて私に種々なことを話してくれました。悲壮なもので心が一杯になっているような風でした。よく話し乍ら興奮していました。」
「うむ。」そして矢島さんはまた髭を撚った。