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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页
そして髭を撚った。
それから事務に取掛った。
その日矢島さんは、社内を一通り見て廻った。竈の工合から、発動機、変圧器、配電盤、何時も見馴れた厳かな機械は一糸乱れざる常住の運動を続けていた。矢島さんは一眼でその要部々々の工合を見て取ることが出来た。彼の眼にはそれらの精巧なる機械も極めて簡単なるものとしか映じなかった。で一通り見て廻った後、轟然たる機関の響から遁れて外へ出ると、柔かな四月の光りが彼の頬を撫でた。
大きい給水池のまわりを矢島さんは静に歩いた。そして向うの小使部屋にふと彼の眼は注がれた。平田が一人で講談本を読み耽っていた。
矢島さんは何か落ち付かない視線をあたりに投げた。それから静に平田の側へ行ってみた。
「へへへ今日は。」と平田は書物を伏せて頭を下げた。
「どうだこの頃は?」と矢島さんは何かうっかりしているような調子で話しかけた。
「いえもう一向から駄目です。ただこうして生きてるのが有難え仕合せだと思ってるです。」
「然し君はいつも気楽そうだね。」
「へへへもうこの年になっちゃあすっかり諦めをつけなくちゃいけませんです。そんなに面白えことばかり世の中には転がってるものじゃねえです。