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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页
ちっとばかり生きてりゃあ分ります。これで随分種々なこたあやって来たですが、面白えと思ったなあその時きりで、後になりゃあ馬鹿馬鹿しいことばかりです。それに馴れるのも早えものでして。」
矢島さんは平田の少し痘痕のある眉の太い赫ら顔を眺めた。それからぐるっと不安の眼付で部屋の中を見廻した。岩田が死んでから少しばかり手入れをしたその部屋も、いつの間にかまた薄穢くなってしまっている。それに平田が独り者なので一層そこらがごたごたと取りちらしてあるように見える。畳の上に汚点がついていたり、きたない仕事着が放り出されたりしている。そしてあの高い窓から、同じ様に一筋の明るみが部屋の中に射し込んでいる。
「今掃除しようと思ってる所でした。」と平田は矢島さんの眼付を恐れてこう云った。「とり散らかした穢ねえ所を御目にかけて御免下さい。」
「この部屋は住み心地が悪くはないかね。」
「なあにわっち共にゃあ過ぎものです。食って寝せえすりゃあ、それで沢山です。」
矢島さんは又眼を挙げて窓を見た。そして岩田が長く寝ていた時の言葉を思い出した――「あの窓が大変あり難えだ。」
「あの窓が大変あり難い、」