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とおのへ
遠野へ
水野 葉舟
水野葉舟『遠野へ』。同一底本的分册已合并为一书。收入:遠野へ、月見草、旅からのはがき、土淵村にての日記、北国の人、香油、帰途、黄昏。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 55,903 字 · 117 页
壁には脱ぎすての衣服や袴が二た所三と所掛かっている。――この室の主人は朝おそくまで、室の戸をしめて寝ているが、やがて鬱陶しそうに目を開くと、もじゃもじゃになって、額に垂れかかる、長い髪をうるさそうに手でかきあげながら、枕元の新聞を取って読みはじめる。散々床の中でもごついて、続けざまに欠伸を二つ三つすると、ようよう起き上ることは起き上るが、それで顔を洗うまでに先ず机の前に坐って、ぼんやりして見る。顔を洗って来ても、半日は机の前に坐ったまま、何にもせず、何にも考えずに、まじまじしていることが多い。かと思うと、ぷいと家を飛びだして、一日そこら中、うろついて歩く。そんな時にでも彼の顔は、じっと底に沈んで、鬱しているので、心が華やかに動くとも思われない。
歩く時には、肩を上げて、まるで高竿がひょいひょい行くようだ。からだに柔かみがないせいか。しかし顔を見ると血が重くおどんでいるようで、深みもある。何かちょっと判断のつかぬものが隠れているようでもある。
しかし彼は、淋しい人である。華々しい、浮々した都会の空気は、とうていこの北国生まれの空想家の心臓を乱調子にせずに置くまいと思われる。