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さけさかずきとっくり

酒・杯・徳利

山本 周五郎

「ぬかご」ぬかご社、1934(昭和9)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,047 字 · 9 页

青空文庫

部屋の中も同様に机の上も混乱している、書き損じの紙をまるめたのが、屑籠をぶちまけたようにころがっていて、雨戸から風が吹き込んで来るたびにかさこそと音を立てる。

青年はふとペンを措いて、右側にある大きな安物の瀬戸の火鉢へ手をかざした。節くれだった指はぶざまにインクに汚れ、寒気のために凍えてふるふると顫えている。火鉢には小さなニュームの鍋がかかっていて、さっきから温たかい湯気をたて、鮒をる味噌の匂いをいっぱいに部屋へまきちらしている。

「さて――」

と青年は呟いた。そして手を火鉢へかざしたまま、頭をめぐらせて荒凉たる部屋の内を見廻わした。何もない――、一瞬、青年の眼に絶望の色が表われた。

「ああ、何ということだ、何も見えない、寒い、がらん洞だ、何も聞こえない」

青年は額へ垂れさがっている髪毛を掴んだ、それから眼を閉じて机の上へ俯伏せになった。風が雨戸を音高く叩いて過ぎた。

火鉢の上で鍋はことことと※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)えたぎっている、雨戸の欠けたところや、板の寄った隙間から、月の光が条をなして流れこみ、広い土間から上框まで伸びている、堤の彼方から、氷った河が凍み割れるのであろう、ぴしぴしと澄んだ音が聞こえてくる、やがて青年は身を起こした。