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さかやのよにげ
酒屋の夜逃げ
山本 周五郎
「講談倶楽部 第十巻第一号別冊」大日本雄辯會講談社、1958(昭和33)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,874 字 · 4 页
というぐあいなのである。そして私が散歩にでかけると、丘の上の草原に寝ころがっているのをしばしば見た。こういうとなにか深刻な人生問題にでも悩んでいたかのように思われそうだが、じつは極めて単純な怠け者というにすぎなかったのだ。それはその後のなりゆきが明らかに証拠立てているし、いや、――そんなことはどっちでもいい、私は「三河屋」のことを話したいのだ。
私はおよそ怠け者が嫌いである。これは自分が怠け者だから、他人に怠けられるのがいやなためだろうと思うが大和屋にはあいそをつかして、丘の上の三河屋に切替えた。
三河屋の主人は四十五六だったでしょう、痩せた小柄な躯つきで、酒焼けのした色の黒い顔に、下町の鳶の親方といったふうな、ちょっとした苦みばしった感じがあり、あいそ笑いをすると白い歯が見えた。私は東京の銀座裏で育ったが、下町にはよくみかける、いかにも酒屋のおやじらしいおやじであいそ笑いも世辞の口ぶりも、さっぱりとして歯切れがよかった。
こういう人柄に加えて、彼はじつに気前がよく、思いやりが深く、そうして酒呑みの心理のわかる男であった。
――いまでも貧乏に変りはないが、当時の私は文筆生活をはじめたばかりだし、馬込ぜんたいが貧乏の黄金時代で寄ると触ると呑んでばかりいた。