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さかやのよにげ

酒屋の夜逃げ

山本 周五郎

「講談倶楽部 第十巻第一号別冊」大日本雄辯會講談社、1958(昭和33)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,874 字 · 4 页

青空文庫

すると晩になっておやじが二升届けて来、十二時ちかくにまた五升届けて来る。

「どうせ要るんでしょうから」

と言った言葉を、私はいまでも忘れることができない。これは私のところだけではなかったようだし、こういうことでしょうばいが繁昌するというのは物語の世界に属することであろう。

私でさえ十五円くらいの勘定が溜っていた。かの侍大将の金額も侍大将その人から聞いた記憶がある。そのほかにどれほど溜められていたかはわからないが、これらの債権を自分の背中ひとつにぜんぶ背負って、或る夜ひそかに、三河屋のおやじは夜逃げをしてしまったのである。

三河屋のおやじよ、健在ならいどころを知らせて下さい、と私はいま年末の黄昏に心から願うのである。どうかあのときの勘定の残りを払わせて下さい。

「講談倶楽部 別冊」(昭和三十三年一月)