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しゅうぶん

醜聞

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1964(昭和39)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,900 字 · 46 页

青空文庫

功兵衛もむろんこれらのことは知っていたが、見たり聞いたりしたというだけで、彼にとっては少しも現実感をともなったものではなかった。

そして初めて、雪が降りだしたのだ。

さらさらと乾いた粉雪だから、功兵衛は萱笠をかぶっただけで下城した。彼は登城して必要のない限り、供の者は帰らせていた。登城には供を伴れる規定であるが、下城にはその規定がなかったからである。――さくらは保利橋のてまえの右側、炭屋と籠屋のあいだに待っていた。うっすらと白くなった道の雪あかりで、こもをかぶったその姿はすぐ功兵衛の眼についた。功兵衛は歩度をゆるめることなく、近よってゆき、彼女の前を通りすぎた。するとさくらが追って来た。

「だめだ」功兵衛はあるき続けながら、振り向きもせずに云った、「ついて来るな」

「あたしはいま死ぬほど苦しいんです」とさくらは舌のよくまわらない口ぶりで云った、「お酒がすっかりきれちまって、いまにも胸のここが潰れそうなんです」

功兵衛はあるき続けたが、橋のたもとまで来ると、追いついたさくらに縋りつかれた。絶えいりそうな喘ぎや、全身のふるえがじかに感じられ、功兵衛は立停った。