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のざらし

野ざらし

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,100 字 · 39 页

青空文庫

……あの、佐伯さん、私がもし電話でお呼びしたらすぐに来て下さいよ、屹度ね!」

昌作は何故ともなくほろりと涙を落したのだった。そして達子の最後の言葉は彼の耳に残らなかった。

二

霧の深い晩だった。佐伯昌作は何かに追い立てられるように、柳容堂の二階の喫茶店へ急いだ。

運命と云ったようなものがじりじりと迫ってくるのを、彼は感じたのだった。そして、達子へ対して四五日の後にと誓ったのは、寧ろ自ら自分の心へ対してだった。九州の炭坑へ行くべきなのが本当であると、彼ははっきり知っていた。片山禎輔の様子に暗い疑惑が生じたにもせよ、そんなことを考慮に入れるのは、自分が余りに卑怯なからだと思いたかった。何にも云わないで、黙って忍んで行こう!……然しその後から、橋本沢子のことが同じ強さで浮んできた。九州へ行くという意志が強くなればなるほど、同じ程度に沢子へ対する愛着が強くなっていった。九州へなんか行かないでもよいという気になれば、沢子なんかどうでもよいという男になった。昌作はそういう自分の心を、どうしていいか分らなかった。九州の炭坑のことを思うと、真暗な気がした。