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のざらし

野ざらし

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,100 字 · 39 页

青空文庫

一

「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。」

電車が坂道のカーヴを通り過ぎて、車輪の軋り呻く響きが一寸静まった途端に、そういう言葉がはっきりと聞えた。両腕を胸に組んで寒そうに――実際夕方から急に冷々としてきた晩だった――肩をすぼめていた佐伯昌作は、取留めのない夢想の中からふと眼を挙げて見ると、印半纏を着た老人の日焼した顔が、髭を剃り込んだ※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)をつき出し加減にして、彼の横から斜上の方を指し示していた。其処には、車掌と運転手と二つ並んだ名札の一つに、木和田五重五郎という名前が読まれた。

「私はこれで日本六十余州を歩き廻ったですが、こういう名前に出逢ったなあ初めてでさあ。ゴジューゴロー……何とか読み方があるんでしょうが……慾張った名前ですな。私は七十になりますがね……。」

そのいやに固執した「慾張った」のすぐ後へ、七十という年齢が突拍子もなく飛出したので、昌作は知らず識らず笑顔をした。

「八十八という名前もあるじゃないか。」

「そいつあ世間にいくらもありまさあ、ヤソハチというんでね。」

「もっと上にゆくと、八百八というのがあるよ。