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やこ

野狐

田中 英光

「知識人」1949(昭和24)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,615 字 · 39 页

青空文庫

もういいから帰ってくれ給え」

「帰るとも、ロクなものを食わせもしないで大きなことをいうな」

桂子がフラフラ立上るのに、Yさんが、「この女、生意気な」と組みついていかれて、奥さんに引きとめられ、奥に寝かされに連れてゆかれてしまった。私も酔眼朦朧として、その様子を眺めていたが、早く、桂子を連れださねばならぬと思い、彼女をせかして玄関に出たが、桂子はもはや、ひとりで草履をはけないほど酔っている。

私とても薬と併用しているから腰が切れない。ふたりでよろめきながら、崖上のYさんの家を出てゆくのに、彼女は足をすべらせ、真っ逆様に、前の溝に落ちてしまった。臭い、すえた溝の中から、はでな湯文字がみえ、暗闇には薄白くみえる、桂子の両股があらわである。才能と身体を張り、一身代作って、勘当された親や身内を見返そうとしている、彼女もまた一匹の野狐。野狐、溝に堕ちる、風流五百生、なぞといった感情が取りとめなく胸に湧いたが、しかし、早く彼女を助けねばならない。

私は自分も尻餅をつきながら、やっとの思いで、彼女の身体を溝から引っ張り上げたが、泥のおびんずる様みたいになっている。