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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

12 悲願百両

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,957 字 · 31 页

青空文庫

「うむ。まず、怪我は大きい。」

惣平次の両手が、侍の袴を掻いた。

「苦しんで、おりますか、苦しんで。」

「苦しんでは、おらぬ。」

「ああよかった。それでは、たいしたことはないので――。」

「もう、苦しんではおらぬ。」静かに、「極楽――。」

「ははあ――。」と、意味が、はっきり頭へ来ると、惣平次は、上り口に腰をおろした。宙を見詰めたまま、そっと、老妻の手を取った。

ふと、長いしずけさが落ちた。

「ひとり息子でした。」惣平次の口唇が、動いた。「孝行者で――。」

誰も、何とも言わなかった。

侍が、咳をして、

「わしは、逸見家の用人だが、屋敷の仕事中に亡くなったのじゃからと、上より、特別の思召しをもって、破格の葬金を下し置かれる。その使いにまいった。」

おこうと惣平次は、ぽかんと顔を見合っていた。

「一職人に対して、前例のないことじゃが、」用人は、つづけて、「百両の香奠、ありがたくお受けしまするように。」

「え?」

惣平次が、訊き返した。

「爺つぁん、百両だ。百両――。」

長五郎が口を添えると、

「百両! ううむ、百両、か。」

と、呻いて、突如、真っ黒な恐怖が、むずと惣平次を掴んだ。