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かなづち

鉄鎚

夢野 久作

「新青年」1929(昭和4)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页

青空文庫

叔父の店は、今までいた貧民窟から半里ばかり距ったF市の中央の株式取引所の前にあった。両隣りとソックリの貸事務所になっている北向きの二間半間口で、表に「H株式取引所員……※善……児島良平……電話四四〇三番」と彫り込んだ緑青だらけの真鍮看板を掛けて、入口の硝子扉にも同じ文句を剥げチョロケた金箔で貼り出していた。私は叔父がこんな近い処に住んでいようとは夢にも思わなかったので、子供心に不思議に思いながら叔父に跟いて中に這入ると、上り口は半坪ばかりのタタキで、あと十畳ばかりの板の間に穴だらけのリノリウムを敷いて、天井には煤ぼけた雲母紙が貼ってあった。その往来に向った窓の処に叔父の机と廻転椅子。その右手の壁に株の相場を書いたボールド。その又右手に電話機。その反対側の向い合った白壁には各地の米の相場を見せる黒板。汽車の時間表。メクリ暦なぞ……。その下に帳簿方と場況見と二人の店員の机が差し向いになっていた。

しかし、そんなものの中で立派だな……と思ったものは一つもなかった。すべてが現在の通りにドス黒くて、ホコリだらけで、汚ならしかった。ただ入口の正面の壁に並んだ店員の帽子と羽織の間から覗いている一枚の美人画だけが新しくて綺麗に見えているだけであった。