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かなづち

鉄鎚

夢野 久作

「新青年」1929(昭和4)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页

青空文庫

その美人画は大東汽船会社のポスターで、十七八の島田髷の少女がこっち向きに丸卓子に凭たれているところであったが、その肌の色や肉付きは云うまでもなく、髪毛の一すじ一すじから、花簪ビラビラや、華やかな振袖の模様や、丸卓子の光沢に反映っている石竹色の指の爪まで、本物かと思われるくらい浮き浮きと描かれていた。瓜ざね顔の上品な生え際と可愛らしい腮。ポーッとした眉。涼しい眼。白い高い鼻。そうして今にも……あたしは、あなたが大好きよ……と云い出しそうに微笑を含んだ口元までも、イキナリ吸い付きたいくらい美しかった。

私はそれまでに、こんなポスターを何枚見たか知れなかったのだけど、この時ばかりは何故かしら特別のような気がした。……今から思うとこの時が私の思春期に入り初めで、同時にこの時こそ生涯の呪われ初めであったかも知れない。ちょうど昔の伝説の美しい悪魔から霊魂を吸い取られる時のように、何ともいえず胸がドキドキして、顔がポッポとなって、気まりが悪るくてしようがなかったので、吾れ知らずうつむきながらソーッと上目づかいに見ていたように思う。

しかし叔父は、そんな事には気付かなかったらしく、グングンと私の手を引っぱって電話機の横の扉を開くと、その外にある狭い板張りの横手から暗い階段を昇って、店の真上に在る二階に出た。