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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
と云う。寝室で、夫を寝台に寝かしておいて、自分もベッドに上り込んで治療する。白い清潔な上っ張を着ているけれども、何だか薄汚い感じ。こんな男に神聖なベッドに乗って貰いたくない。夫が按摩嫌いなのももっともだと思う。「えらく凝ってますな、じきに楽にして上げます」などと云う。変に見識ぶっているのが滑稽である。二時から始めて四時頃まで、約二時間も揉む。「もう一回か二回で楽になります、明日も来て上げます」と云って帰って行く。夫に「どんな工合で」と聞くと、「いくらか楽になったようだが、体じゅうをミリミリと強くおさえるので、痛くて、好い気持ではない」と云う。「明日も来て上げると云ってましたね」と云うと、「まあもう一二回やらせてみよう」と云う。よほど凝るのだとみえる。………
「明日は朝から出かけるんだろうね」と云われてみると、「今日もこれから出かけるんです」とは云いにくかったけれども、そうも行かないわけがあるので、四時半頃に洋服に着換え、イヤリングを着けた耳朶をわざと寝室へさし出して、「出かけて来ます」という顔つきをして見せる。「あなた散歩は」と、照れ隠しに聞いてみる。