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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
小池さんに二階で少しお休みなさいと勧めても寝ようとしない。五時頃夜が明けかかってからようやく寝に行く。
雨戸の隙間から日が射して来たので、病人はなおさら安眠が得られないらしい。いつの間にか眼をぼんやり開けて、顔を私の方に向けている。眼で私を捜しているようでもある。私が側の椅子に掛けているのが見えないのか、見えるのに見えないふりをしているのか、よく分らない。口を動かして何か云っている。ほかの言葉は不明瞭で聴き分けられないが、一箇所だけ聴き分けられる―――ような気がする。気のせいかも知れないが、き―――む―――ら、と云っているように思える。そのあとは口をあぶあぶ云わせるだけであるが、き―――む―――ら、のところは、どうもそうに違いないように聞える。(ほかの部分も、もっと明瞭に云おうと思えば云えるのかも知れない。照れ隠しにあぶあぶとごまかしているのかも知れない)二三度それを繰り返して云ってから、また黙って眼を潰ってしまった。………
七時頃婆やが、少し後れて敏子が来る。八時頃小池さんが起きて来る。
八時半病人に朝食を取らせる。ゆるい粥を一碗、卵黄、林檎汁等。