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とうそう
闘争
小酒井 不木
「新青年」1929(昭和4)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,079 字 · 38 页
と、たずねられた。
「それは間違いないそうです」
言う迄もなく先生は筆蹟鑑定のオーソリチーだ。以前の先生ならば、こうした変った遺書はきっと興味をひくにちがいないのだが、
「そうか」と答えられたゞけであった。そうして、僕に紙片を返しながら、
「それでは、涌井君、君にこの事件の鑑定をしてもらうことにしよう」と、言い放って、再び雑誌の方を向いてしまわれた。
あとでわかったことだが、毛利先生がその雑誌の方へ心を引かれて居られたのも無理はないのだった。其処には、先般学会で先生が大討論をなさった狩尾博士の論文が掲載されて居たからである。ここで序に、僕は毛利先生と狩尾博士との関係を述べて置こう。この二人が日本精神病学界の双璧だったことはすでに述べたが、毛利先生を堂上の人にたとえるならば、狩尾博士は野人であった。すでにその学歴からが、毛利教授は大学出であるのに、狩尾博士は済生学舎を出てすぐ英国に渡って苦学した人だった。そうして狩尾博士はS区に広大な脳病院を経営し、しかも、どし/\新研究を発表した。その風采も毛利先生は謹厳であったのに、狩尾博士は禿頭で、どことなく茶目気があった。