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ずいひつ みやもとむさし
随筆 宮本武蔵
吉川 英治
在线阅读吉川 英治《随筆 宮本武蔵(ずいひつ みやもとむさし)》,假名注音日语阅读。JLPT N2,点词查义。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 141,786 字 · 278 页
抱えて来た一括の古文書類は、その古書店をやっていたN青年の父親が、ずっと以前に、有馬家の書庫整理の際に、一まとめに買入れておいた物だという。
古文書類はすべて、寛永十四年に、肥前島原地方に起った世にいう“天草の乱”――切支丹軍の蜂起と、幕府の討伐軍との一戦乱があった当時の関係文書に尽きていた。
その島原陣には、幕府から板倉重昌が司令となって遠征した。しかし思いのほか、切支丹軍の勢力は強大だったため、幕府は、さらに、松平信綱や戸田氏鉄などを、首将に任命して西下させたが、その間に、板倉重昌の戦死するなど、一時、西日本一帯に、騒然たるものがあって、翌年三月下旬に、やっと原城を陥落させ、ひとまず、平定を見たものだった。
原城は、もと有馬氏の分城だったが、この時、板倉成政に任せられていた。しかし、近藩ではあり、如上の関係から、有馬家は、終始、先鉾に立って、もっとも力戦した。
武蔵も、この折、豊前小倉の小笠原家の人数に加わって参戦していた。武蔵の養子宮本伊織が仕えていた関係によるのである。そして伊織は、侍組の一隊長という資格であったという。
N氏が私に拡げてみせた古文書のすべては、その時の有馬家の祐筆や陣務の士が、家録に備えたり、また幕府へ報告するために記録しておいたらしい地図、陣名簿、往復公文書の写しなどで、かくべつ